そういいながら妻が、自室で仕事をしていた僕の元へやってきたのは3月29日の午前0時半だった。「おしるしがあったみたい」と戸惑いながら妻は続けた。まさかと思った。おしるしとは出産の数十時間前に子宮口が開いたときに出るという出血のことだ。予定日は4月8日なのでまだ10日もある。ちょっと早すぎる。「痛みは?」と聞くと「かなり痛い」壁にもたれかかり、両手でおなかをさすりながら妻は言った。下腹部をギュッギュッと激しく圧迫されるような重い痛みがあり、ここ2時間ほどで急に激しくなったという。そういえば2日前から発作的にそのような痛みがあると言っていた。もしかするとこれが前駆陣痛ってやつか?「間隔は?」と聞くと「15分ぐらい」と妻。こりゃいよいよ始まったのか。にしても早すぎないか?えっと、えっと、どうしたらいいの!?心の準備ができずに僕があたふたしていると、やにわに妻が悲鳴をあげた。「だめ!だめ!こんなときに!」どうした?と聞くと、「赤ちゃんが、子宮の中でぐるぐる動くの」どうやらおなかの中の娘が大暴れしているらしい。普通10ヶ月にもなると胎動も落ち着くという話なのだが、どっこい我が子は暴れん坊だ。今日にいたるまで毎日かかさず、この時間帯になると動き出す。「うーん、痛い!気持ち悪い!やめてー!」身をよじる妻のおなかに手を当てると、赤ん坊の手か足がこぶのように突き出て、それが左の脇腹から下腹部までぐりんと動くのが分かった。うーむ、こりゃ痛かろう。子宮の痛みと胎動の痛みのダブルパンチに耐えながら1分後、妻はようやく落ちついた。
くたくたになった妻の足をとり、せめて陣痛に効くといわれる足裏のツボをうんしょ、うんしょと押してみたが、まったく効かない様子だ。放心状態の妻にその13分後、ふたたび激しい痛みが襲ってきた。「と、とにかく病院に電話だ!」僕は受話器を手にした。
※写真はイメージ画像です